【おれが学生講師だった頃の話】
「ぼくは学校に来たくない イジメはどんどんひどくなる ぼくがたえればいいんだ でも もう つかれたんだ らくになりたい」
クシャクシャに丸められた作文用紙に殴り書きされたその言葉。
その作文は,中学2年生のまだ幼い彼の,助けを求める心の叫びだった。
俺はそれをお母さんから見せられたときに、何も言えず、頭の中が真っ白になってしまった。
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【これは実話であるが、プライバシーに配慮し、登場人物の設定(性別や名前)を意図的に変更してあるため、 フィクションということにしておく】
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学校でひどいイジメを受けていたのは、サトルという少し小柄の勉強も運動もそんなに得意ではない生徒だった。
俺はとても悔しかった。彼が学校でイジメられていたことに気付けなかったからだ。しかも、ここまで追い詰め られた状態だったとは。
お母さんは涙を浮かべ,俺に話してくれた。 「イジメのことは学校には何度も相談したんです。これは、学校の授業の作文で書いたんです。当然、先生たちは把握していますよ。
でも『様子を見ましょう。』『ただの悪ふざけでしょう』と、学校は何もしてくれません。 こんな相談を塾にするのは変かもしれませんが、もう、誰に頼ったら良いのかわからなくて・・・」
「お母さん、相談してくれてありがとうございます。学校でのこととは言え、サトルくんは僕にとって大切な生 徒です。僕でよければお力になります。作戦を立てて,すぐに実行します。」
そうは言ったものの、イジメ問題はそんな単純ではない。
はっきり言って、イジメをやめさせることは簡単だ。親が学校に怒鳴り込んだり、相手の家に押しかけて騒ぎに すれば、イジメる加害者たちは、面倒だからと、すぐにやめて、標的を変える。
しかし、これは根本的な解決ではない。
実は,サトルは小学校の時も、違うイジメっ子にターゲットにされ、イジメを受けていたらしい。
1000 名以上の生徒をみてきての俺の持論だが,イジメられる子には、イジメられる理由が必ずある。
誤解しないで欲しい。
当然、だからといってイジメを容認することはあってはいけない。卑怯で、被害者の心に 傷を残すイジメはどんな理由があっても許されるべきではない。
が、本人が変わらなくてはいけないところもある。そうでなければ、また違うイジメっ子の標的になって、同じ ことを繰り返すだけだ。
俺は、考えた。
今回、俺や親御さんが守ってあげても、サトルは何も変わっていない。むしろ臆病になっている。またいつかイ ジメの標的にされるかもしれない。
見方を変えると、これは良い機会なのではないかと思った。とても過酷だが、彼に訪れた試練だ。この試練から 逃げてはいけない。もちろんサポートは必要だが、大人が彼を守ってあげるのではなく、サトル自身に強くなっ てもらう。その際、俺や家族が味方なんだ、と伝えることが必要だ。
そして、その日の授業の最後に、俺はクラス全体に一か八か話をすることにした。
当然サトルにはクラスで打ち明けるという作戦の承諾を得た。そんな繊細な問題を打ち明けられるほど、塾での、 サトルのいるクラスは、みんな本当に仲が良かった。
思い切ってサトルがイジメられている秘密をクラスに打ち明けることで、俺はあることを期待していた。
実は、塾の同じクラスにはイジメを乗り越えた生徒がいることを俺は知っていた。その子の話を聞かせたかった。 そうすればサトルも勇気づくかと思ったわけだ。
しかし、予想外のことが起きた。 「みんな、ちょっと、一緒に考えてほしいことがあるんだ。」 いつになく真剣な表情で話し始めた俺に、みんな真剣な表情になった。
「実は、サトルが、学校でイジメられているんだ。俺は、お前らのことを自分の子どものように、弟のように思っている。そんな生徒の一人が苦しんでいるのは見ていられない。みんなはどうだろうか。イジメられた経験と か、それに似た経験で、それを乗り越えたって話があれば、サトルに教えてやって欲しいんだ。」
前に座っていたイジメを乗り越えたことのある「その生徒」は下を向いてしまった。 「マズイ!失敗だったか、」 そう思った瞬間、一番後ろの席の体格の良いオサムが机を強く叩いて立ち上がった。
「ふざけんな!俺がいってやるよ!!北中まで行って、俺がそいつらぶっ飛ばしてやるよ!なぁ、サトル!心配 すんなよ!もう大丈夫だから!」
オサムは興奮していた。本当に今すぐにでも駆け出しそうだった。友達思いの優しいオサムは涙目で怒鳴っている。
「オサム、ありがとう。でも、それはやめておけ。お前が悪者になってしまう。しかも、お前がずっとサトルを 守ってあげられるわけではない。でも、本当にサトルのことを想ってくれているその言葉、嬉しいな。ありがと うな。」
オサムは黙って席について机に突っ伏した。
それからしばらく,クラスの全員が黙っていた。具体的な解決策が出たわけでもなく,俺としては不甲斐ないと 思っていたが,実はこれで良かったことがわかった。
その日、授業終了後、オサムとサトルは一緒に帰っていった。中学校は違い、家も正反対なのに。
それを見た俺は、涙が出そうになった。いや、出てた。。。
サトルには、いくつか具体的に有効と思われる対処を教えたが、あとは、本人が精神的に強くなり、自らの力で 乗り越えることを願うしかなかった。
俺は無力感を感じていた。
しかし、その数日後、お母さんから電話をもらった。
「あの日、塾から帰ってきて、すごくスッキリした表情だったんです。次の日も嫌がらずに学校に行って、今は 本当に普通になったんです。本人に聞いたら、イジメはほぼなくなったって。先生何をしてくれたんですか?」
お母さんには経緯をすべて話した。
「サトルのことをそこまで想ってくださるお友達がいたなんて。本当に幸せです。その子には感謝してもしきれ ません。先生、ありがとうございました。」
大人は、子どもたちのことを未熟だと思い、子どものすることを信用せず、子どもの失敗を考えて不安になり、 すぐに解決を焦り、根本的な原因を隠してしまうことがある。
実は,子どもたちは思ったよりタフで、困難が訪れても、どうにかしようともがく。そして成長し乗り越えていく。それが、本来の姿なんだ。
親や先生の役割は、適度な距離感で、子どもを見守り、必要なら最低限のサポートをし、あとは子どもの行動を 信じることなんだ。
それから一年が経ち、彼らが卒業間近になったとき、サトルにイジメをどうやって克服したかを聴くことができ た。
「あの時は、本当に苦しくてさ、死んだ方がマシだと思っていた。でもね、オサムが、本気で俺のことを心配し てくれて、涙を流しながら、『俺がそいつらぶっ飛ばしてやる!』って言ってくれたじゃん。めっちゃうれしか ったんだよ。なんか、俺は一人じゃない。力強い味方がいるって思ったら、すごく気が楽になったんだ。偶然なのかな、その後から、イジメられなくなったんだ。」
世の中には、「仲間」とか「勇気」「夢」「情熱」「努力」とか、そういった事柄を胡散臭いと毛嫌いする人もいる。
しかし、俺は、生徒たちをみてきて、実感している。それらは胡散臭くない。しかも教育には欠かせない要素な んだ、と思うようになった。
教育現場には、夢とか努力とかを堂々と語れる先生が必要なんだ。
エイメイグループの教育理念「教育に夢と感動を。そして少しのユーモアを。」
俺はこの塾の教育を日本中に広めたいと思った。いや、「エイメイのおかげで」「エイメイに出会えて良かった」 「エイメイで人生が変わった」生徒たちや保護者様から何度もおっしゃっていただき、この教育を広めていく使命感を持った。
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大学を卒業し、23 歳で塾を任され、俺は正式に塾長になった。若さゆえ、情熱の塊で生徒たちと向き合ってい た。そんな初年度、塾の存亡を揺るがす大事件が起こる。今でも鮮明に覚えている。4 月 6 日、午後、私服の 刑事が塾に来た・・・
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